「あそこの建物良いいね。カフェとかどう?小さい映画間とか。いや、やっぱり近所に焼鳥屋あったらいいなあ。」
2013年に東京からUターンで、故郷である函館市西部地区に帰ってきた僕はこのエリアの古い建物を見て歩きながら、妻とこんな妄想を膨らませるのが趣味の1つです。
観光地として有名なこの町は、人気があるのに過疎化、高齢化が進み、古い建物はどんどん取り壊されていく。
伝統的建造物等の指定を受けている建物は守られているけれど、街並みを守っていく為にはそれだけでは足りないだろう。
世界中から沢山の人が“訪れる街”ではあるのに、“生活する街”としてのエネルギーはどんどん衰えてきているように感じる。
僕は自分が不動産業に携わっているのだから、仕事としてこのエリアの建物と関わっていけないかと考えるようになっていた。
ある時、仕事をお願いしていた札幌のFUZdesign永井さんとの打合せの日に、西部地区で僕が気になったいた建物をドライブしながら案内する事にした。
「こんなに良い建物が沢山あるなら、内覧ツアーやったらいいんじゃない?設計に携わる人も一緒にまわったら面白いと思うけどなあ。それやるなら俺も札幌から来るよ。」
そんなアイデアを永井さんから提案されて、これはすぐに行動しなければと思った。
この企画を実現する為には、まずは建物の所有者と会って話を聞いてもらわなければならない。
すぐに頭に浮かんだのは、西部地区に設計事務所を構える富樫雅行さんだった。
富樫さんは大家さんではなく、地元の大地主という訳でもない。
ではなぜ富樫さんだったのかというと、西部地区に魅了されて移住してきた富樫さんはこのエリアの古い建物を購入し、ほとんど自分1人でリノベーションして仕事場兼自宅として生活していた。
僕は函館に帰って来た当時、知人の紹介で富樫さんのこの仕事場兼自宅を見せてもらったのだけど、その言葉では表現できない居心地の良さ、西部地区や古い物に注ぐ情熱に心を動かされた。
きっと富樫さんも同じような事を考えているだろうし、一緒にやって欲しいと思った。
早速僕は富樫さんに計画の事を相談しに行った。
富樫さんは是非やりましょう!と快諾してくれて、2人で物件のリストアップから始めた。
計画が動き始めた頃永井さんから連絡があり、次に函館に来る時に富樫さんを含めて3人で計画について話そう、という事になった。
3人で富樫さんの事務所で計画について話しあっていた時、
「どうせならさ、9月のバル街の時期に合わせて、西部地区の空き家を使った移住体験企画やっちゃうってどう?」
と、富樫さんから提案があった。
住む人がいないから壊されてしまうならば、建物と住む人を結びつける役になればいいのでは?と。
街の外から人を招いて、移住体験してもらい、外からの視点で意見をもらい、住みたい街にしていくために自分達ができることを考えて行こうということだ。
因みに、バル街とは、函館西部地区バル街といって2004年から続いているチケット制の飲み歩きイベントの事で、この街の雰囲気を味わうにはちょうどいい地元のお祭りだ。
でも、時期的に間に合わないか…
いや、頑張ればなんとか…
場所を居酒屋に移し、お酒の力も加わってどんどん話は盛り上がり、会議は深夜まで続いた。
勢いづいていた僕は今から物件探しに行こうと提案したが、とっくに日付は変わっていた。
深夜の街の中、建物を探して歩いた。
これから始まる宝探しの大冒険にワクワクが止まらないアラサー男3人。
2015年7月に入ったばかりの夜だった。